キール 条約 によって スウェーデン と の 同君 連合 を 結成 し た ノルウェー で は マグヌス・ファルセン によって エイズヴォル 憲法 が 制定 さ れ 、 国会 に 政治 の 中心 を 置き 、 立憲 君主 制 が 規定 さ れ 、 国民 の 基本 的 人権 の 確認 が なさ れ た 。
これ によって ノルウェー で は スウェーデン 王 を 統治 者 に 戴き ながら も 国会 と 内閣 による 自治 が 可能 と なり 、 民主 化 が 大きく 進ん だ 。
一方 、 独自 の 政府 を 持ち つつ も 軍事 と 外交 を スウェーデン に 押さえ られ て い た ノルウェー で は 、 海運 業 の 発達 とともに 利益 を 代表 する 領事 を 置く 必要 性 が 叫ば れる よう に なっ た 。
1885 年 、 1901 年 と ノルウェー 政府 は スウェーデン に対して 独立 領事館 の 設置 を 要請 し た が これ が 拒否 さ れ た ため 、 1905 年 に 首相 と なっ た クリスティアン・ミケルセン によって 6 月 7 日 、 内外 に対して 同君 連合 から の 離脱 と 新しい 国王 を 戴く こと が 宣言 さ れ た 。
スウェーデン の オスカル 2 世 は 主戦 論 に 湧く 世論 を 慰撫 し て これ を 認め 、 カールスタッド の 分離 協定 に 両国 が 調印 する こと で ノルウェー の 正式 な 独立 が 実現 し た 。
新しい ノルウェー の 国王 として デンマーク の 王子 カール が 選ば れ 、 同年 11 月 27 日 、 ホーコン 7 世 として 即位 し た 。
こうして 宿願 で あっ た 独立 を 成し遂げ た ノルウェー は 清新 な 意気 を 持っ て 自国 の 改革 と 発展 に 注力 し 始め た 。
スウェーデン と の 連合 下 に あっ た ノルウェー は 2 年 後 の 1875 年 に 通貨 同盟 に 参加 し 、 金 に対して デンマーク と スウェーデン と 同じ 水準 で 通貨 を 固定 し た 。
こうした 大 移動 の 一因 に 死亡 率 の 低下 による 人口 増 と それ に 伴う 国内 の 失業 率 の 上昇 が あり 、 スカンディナヴィア から の 移民 の 総数 に 占める 割合 が 最も 多かっ た の は ノルウェー 、 一番 少ない の は デンマーク だっ た 。
スウェーデン から 100 万 人 、 デンマーク から 30 万 人 、 ノルウェー から 73 万 人 が 渡航 し 、 ノルウェー の 人口 は 1800 年 の 80 % 近く まで 減少 し た 。
スウェーデン の グスタフ 5 世 は こうした 世論 を いち早く 察知 し 、 同年 12 月 、 デンマーク 、 ノルウェー に 働きかけ て マルメ において 三 国 国王 会議 を 実施 し た 。
しかし 、 ノルウェー で は クヌットセン 内閣 が 戦争 の 終結 と 同時に 復興 に 乗り出し た が 労働 運動 の 激化 により 思う よう な 成果 が 挙げ られ ず に い た 。
また 、 1919 年 に 国民 投票 で 決定 し た 禁酒 法 の 施行 に対し 、 ノルウェー に ぶどう酒 や シェリー 酒 を 輸出 し て い た スペイン や ポルトガル が 報復 的 に ノルウェー から の 輸入 を 差し止める 事態 が 引き起こさ れ 、 ノルウェー の 経済 に 大きな 打撃 を 与え た 。
1935 年 に スウェーデン 、 デンマーク 、 ノルウェー と 協定 し て 北欧 中立 ブロック を 形成 する と 周辺 国 へ の 配慮 から ファシズム は 鳴り を 潜め 、 ようやく 政情 は 安定 化 し た 。
圧倒的 戦力 の 前 に デンマーク は やむなく この 占領 を 承認 し た が 、 ノルウェー は これ を 認め ず 、 ドイツ に 宣戦 し て 交戦 状態 に 入っ た 。
しかし 戦力 差 は 歴然 で 連合 軍 は ノルウェー から 撤退 、 国王 ホーコン 7 世 と ノルウェー 政府 は ロンドン へ 撤退 せ ざる を 得 ず 、 ここ に ノルウェー 亡命 政府 を 立ち 上げる に 至っ た 。
アドルフ ・ ヒトラー は ノルウェー 作戦 の 完了 を 宣言 する と ノルウェー 国内 に ヴィドクン・クヴィスリング を 首班 と する 新 政府 を 立ち 上げ 、 亡命 し た ノルウェー 王室 と 旧 政府 を 正式 に 否認 し た こと により 、 ノルウェー は ドイツ 軍 の 占領 下 に 入っ た が 、 しかし ノルウェー 国内 で は レジスタンス が 結成 さ れ 抵抗 、 国外 で は 商船 会社 ノトラシップ が 亡命 政府 を 資金 面 から 援助 し た 。
デンマーク 、 ノルウェー 、 スウェーデン で は 戦後 の 新しい 国際 関係 において 自国 の 安全 保障 を いかに し て 確保 する か が 大きな 課題 と なっ た 。
それ まで 国是 と し て き た 伝統 的 な 厳正 中立 の 方針 は 、 侵略 者 に対する 集団 制裁 を 義務 と する 国際 連合 へ の 加盟 は 思想 的 に 相反 する もの で あっ た が 、 強大 な 軍事 力 を 持た なかっ た デンマーク と ノルウェー で は ドイツ の よう な 一方 的 な 侵略 者 から 身 を 守る 手段 として 他 の 選択肢 を 取り え なかっ た こと から 、 1945 年 の サンフランシスコ 会議 にて 国際 連合 へ の 加盟 を 果たし た 。
こうした 状況 を 背景 に スウェーデン は 非公式 に ノルウェー 、 デンマーク に対して 北欧 軍事 同盟 構想 を 持ちかけ 、 北欧 三 国 による 同盟 の 結成 を 試み た 。