一方 で 、 北方 戦争 で スコーネ の 領土 を 失っ て から 強力 な 海軍 を 維持 する 必要 に 迫ら れ た デンマーク で は 、 木材 が 不足 し 、 森林 が ノルウェー の 最大 の 切り札 と なっ た 。
ノルウェー は 鉱物 資源 を 有し て い た ため 、 工業 化 に関して 先進 的 で ある と 見なさ れ た 。
ノルウェー の 製鉄 業 は デンマーク の 鉄 供給 を 独占 し 、 デンマーク は 一方 で ノルウェー の 穀物 供給 を 独占 し て い た 。
デンマーク に 渡っ た ノルウェー 人 は 、 コペンハーゲン の 影響 を 刻み込ま れ 、 また 言語 において も 影響 を 受け た 。
デンマーク 語 は 唯一 の 書き言葉 で あっ た が 、 ノルウェー の 民衆 の 話し言葉 と は 異なっ て い た 。
コペンハーゲン で 教育 を 受け た 者 の 多く は 帰国 せ ず 、 また デンマーク と 両 公国 から は 多く の 官僚 や 実業 家 が ノルウェー に 移住 し た 。
デンマーク = ノルウェー は 、 ナポレオン 戦争 に対して 当初 は 中立 を 標榜 し た ものの 、 イギリス と の 通商 面 で の 対立 を 回避 出来 ず 、 1800 年 に スウェーデン 、 ロシア 帝国 など と 組ん で 「 武装 中立 同盟 」 を 結ん だ 。
1807 年 以降 イギリス 海軍 が カテガット 海峡 に 展開 し 、 デンマーク と ノルウェー の 交通 は 遮断 さ れ た 。
ノルウェー は 飢餓 に 陥り 、 経済 は 壊滅 し た が 、 フレゼリク 6 世 は フランス と の 同盟 を 継続 し た 。
国王 は ノルウェー の 忠誠 心 を 保つ ため 、 従弟 の クリスチャン・フレゼリク ( 後 の デンマーク 王 クリス チャン 8 世 ) を 総督 として 派遣 し た 。
イギリス 軍艦 の 巡回 する 状況 下 で ノルウェー 入り し なけれ ば なら ず 、 クリスチャン・フレゼリク は 漁師 に 変装 し て 漁船 に 乗り込ん だ 。
1814 年 の キール 条約 によって 、 デンマーク と ノルウェー の 緊密 な 政治 的 関係 は 断ち切ら れ た 。
対 仏 大 同盟 諸国 は ナポレオン 戦争 における デンマーク = ノルウェー の 役割 から し て それほど 大きな 要求 を しよ う と は し なかっ た が 、 しかし 、 スウェーデン は そう で は なかっ た 。
スウェーデン は 数 世紀 にわたり 、 特に 1809 年 に ロシア に フィンランド を 割譲 し て 以降 、 ノルウェー 侵攻 を 企図 し て い た の で ある 。
スウェーデン が 同盟 側 に 立っ て 参戦 し た 見返り として 、 ノルウェー が 割譲 さ れる こと と なっ た 。
かつて ノルウェー の 植民 地 で あっ た アイスランド ・ グリーンランド・フェロー 諸島 は 、 同君 連合 以前 の ノルウェー の 法的 支配 下 に あっ た ため 、 デンマーク が これ を 獲得 し た 。
ノルウェー 割譲 の 代償 として 、 デンマーク は 北 ドイツ の スウェーデン 領 を 得る こと に なっ た が 、 その 際 スウェーデン 領 ポンメルン と リューゲン 島 が プロイセン に 併合 さ れ た ため 、 代わり に ホルシュタイン に 隣接 する ザクセン = ラウエンブルク を デンマーク が プロイセン から 得る という 取引 が 行わ れ た ( ザクセン = ラウエンブルク の 領有 権 は 、 スウェーデン が 有し て い た が ノルウェー を 獲得 でき た ため 、 譲歩 する こと と なっ た ) 。
ノルウェー 人 は 、 スウェーデン へ の 併合 を 避ける ため 、 独立 し 、 同 時代 の ヨーロッパ において 最も 自由 な 憲法 を 制定 しよ う と 試み た 。
ノルウェー の 王位 継承 者 で も あっ た クリスチャン・フレゼリク は 独立 運動 の 指導 者 と なり 、 エイツヴォル に 憲法 制定 議会 を 招集 し た 。
この 議会 は 1814 年 5 月 17 日 に クリスチャン・フレゼリク を 独立 ノルウェー の 国王 に 選ん だ 。