これ に 伴い 、 特急 「 あずさ 」 など 優等 列車 の 多く が 同 ルート に なっ た こと から 、 所要 時間 が 約 20 分 短縮 さ れ た 。
また 飯田線 で も ダイヤ 改正 が 行わ れ 、 119 系 電車 投入 により スピードアップ が 図ら れ た ほか 、 中央道 特急 バス の 影響 で 乗客 が 激減 し て い た 急行 「 伊那 」 が 廃止 さ れ た 。
また この 年 は 6 月 10 日 に 総理 府内 に 「 国鉄 再建 監理 委員 会 」 が 設置 さ れ て 分割 民営 化 の 本格 検討 に 入る 一方 、 10 月 23 日 に は 国鉄 再建 法 に 基く 特定 地方 交通 線 廃止 の 第 一 号 として 白糠線 が 廃止 さ れ た 。
2 月 1 日 、 久しぶり と いえる 全国 ダイヤ 改正 が 実施 さ れ た 。
また この 年 6 月 1 日 に 、 特急 「 あ さま 」 の 回送 運転 を 使用 し て 上野 駅 - 大宮 駅 で 現在 の ホーム ライナー の もと と なる 列車 が 運転 を 開始 し 、 7 月 5 日 に 「 ホーム ライナー 大宮 」 と 命名 さ れ た 。
東北新幹線 ・ 上越新幹線 列車 の 上野 駅 乗り入れ が 3 月 14 日 に 実現 し 、 再び 大 規模 な 全国 ダイヤ 改正 が 実施 さ れ た 。
東北 ・ 上越 新幹線 の 上野 駅 乗り入れ によって 「 新幹線 リレー 号 」 は 廃止 と なり 、 それ に 伴い 余剰 と なっ た 185 系 電車 は 当初 の 予定 通り 、 高崎 線 など で 新設 さ れ た ( 急行 列車 の 車両 を 変え た だけ で 特急 に 格上げ し た と いえる ) 新 特急 に 転換 さ れる こと に なっ た 。
また 東北 ・ 上越 新幹線 の 上野 駅 開業 の 見返り として 9 月 30 日 に は 埼京線 ( 赤羽 - 武蔵 浦和 駅 - 大宮 ) が 開業 し 、 同時に 川越線 も 電化 開業 さ れ 、 赤羽線 を 介し て 池袋 - 大宮 ・ 川越 の 直通 運転 が 開始 し た 。
この 年 2 月 12 日 に 「 国鉄 改革 関連 法案 」 の 一つ で ある 「 日本 国有 鉄道 の 経営 する 事業 の 運営 の 改善 の ため に 昭和 61 年度 において 緊急 に 講ず べき 特別 措置 に関する 法律 案 」 が 第 104 通常 国会 に 提出 さ れ 、 3 月 18 日 に は その他 7 つ の 国鉄 改革 ( 分割 民営 化 ) に関する 法案 も 提出 さ れ た 。
これら は 6 月 2 日 に 第 105 通常 国会 で 衆議院 が 解散 し た こと から 一旦 廃案 と なる が 、 7 月 6 日 の 衆参 同日 選挙 ( 第 38 回 衆院 選 ・ 第 14 回 参院 選 ) で 改革 推進 派 の 自由民主党 が 圧勝 し た こと から 分割 民営 化 は 決定的 と なり 、 9 月 11 日 に 第 107 臨時 国会 で 「 国鉄 改革 関連 法案 」 は 再 提出 さ れ た 。
3 月 の 改正 は 、 京葉 線 の 西船橋 駅 - 千葉港 駅 ( 現 、 千葉 みなと 駅 ) や 内山 線 ( 開業 後 の 線路 名称 は 予讃本線 ・ 内子線 ) の 向 井原 駅 - 内子 駅 - 伊予大洲 駅 が 開業 し た こと に 伴う もの で 、 四国 の 関連 路線 で 列車 の スピードアップ が 図ら れ た ほか 、 北海道 で 特急 「 ホワイト アロー 」 が 新設 さ れる など 、 速度 向上 が 目立つ 改正 と なっ た 。
また 10 月 1 日 に は 鉄道 で の 郵便 輸送 が 全廃 さ れ 、 11 月 1 日 に は 荷物 輸送 も ほとんど 廃止 と いえる 削減 が 行わ れ た 。
そして 11 月 28 日 に 「 国鉄 改革 関連 法案 」 が 国会 を 通過 し 、 翌年 4 月 1 日 に 「 公共 企業 体 日本 国有 鉄道 」 は 新設 さ れる 北海道旅客鉄道 ・ 東日本旅客鉄道 ・ 東海旅客鉄道 ・ 西日本旅客鉄道 ・ 四国旅客鉄道 ・ 九州旅客鉄道 ・ 日本 貨物 鉄道 ・ 鉄道 情報 システム ・ 鉄道 通信 ( ソフトバンクテレコム の 前身 ) の 9 株式会社 ( この 段階 で は 全て 特殊 会社 扱い ) と 鉄道 総合 技術 研究所 の 1 財団 法人 へ 業務 を 移管 する こと が 決定 し た 。
4 月 1 日 の 分割 民営 化 を 前 に 、 3 月 23 日 に 四国 で 小規模 な ダイヤ 改正 が 実施 さ れ た 。
二 中 歴 ( に ち ゅうれき ) は 、 鎌倉 時代 初期 に 成立 し た と さ れる 事典 で ある 。
その 内容 は 、 平安 時代 後期 に 成立 し た 「 掌中 歴 ( し ょうちゅうれき ) 」 と 「 懐中 歴 ( か いち ゅうれき ) 」 の 内容 を あわせ て 編集 し た もの と さ れ て いる 。
掌中 歴 と 懐中 歴 は 三善 為 康 ( 1049 ~ 1139 ) の 手 による 、 平安 時代 後期 の もの と 推定 さ れ て いる が 、 二 中 歴 の 編纂 が 誰 による もの で ある か は 不明 で ある 。
尊 経 閣 文庫本 に は 順徳天皇 の 御代 に 編纂 さ れ た と あり 、 1210 年 ~ 1221 年 頃 の 成立 で ある と 考え られ て いる 。
元禄 12 年 ( 1699 年 ) 9 月 16 日 生まれ とも さ れる 。
死因 は 病死 と さ れる が 、 松 賀 族 之 助 ・ 松 賀 孝 興 父子 による 毒殺 説 も ある 。