その 結果 、 屯田 兵 が 実態 として 憲兵 任務 を 担う こと は なかっ た 。
大正 8 年 4 月 1 日 勅 令 第 99 号 陸軍 兵器 部 令 等 改正 によって 、 「 南 満州 に 在勤 する 憲兵 上等 兵 の 職務 に関する 件 」 は 廃止 と なる 。
1879 年 ( 明治 12 年 ) 10 月 10 日 当時 、 歩兵 ・ 騎兵 ・ 砲兵 ・ 工兵 ・ 輜重 兵 で は 大尉 及び 中尉 が それぞれ 1 等 及び 2 等 に 分け られ 、 また 参謀 は 大尉 のみ 1 等 及び 2 等 に 分け られ て い た が 、 憲兵 のみ は 大尉 及び 中尉 とも 1 等 ・ 2 等 の 分類 は なさ れ て い なかっ た 。
長らく 最下 級 の 憲兵 は 憲兵 上等 兵 と さ れ て い た が 、 1940 年 9 月 15 日 に 旧 「 陸軍 憲兵 上等 兵 」 は 「 陸軍 憲兵 兵長 」 ( 兵 1 級 ) と 改称 さ れ 、 1942 年 ( 昭和 17 年 ) 11 月 17 日 に 憲兵 兵長 の 下 に 再度 、 新 「 陸軍 憲兵 上等 兵 」 ( 兵 2 級 ) が 設置 さ れ た 。
憲兵 は 、 他 の 兵科 ・ 各部 と は 異なり 将校 准 士官 下士官 兵 を 問わ ず 、 入隊 時 に 憲兵 科 に 指定 さ れる 者 は い なかっ た 。
兵 ( 卒 ) の 場合 も 実施 学校 で 専門 教育 を 受ける ため 、 最下 級 で も 憲兵 上等 兵 以上 と なっ た ( 1940 年 - 1942 年 除く ) 。
下士官 兵 で あっ て も 憲兵 は 、 適正 な 司法 警察 権 の 行使 を 完全 なら しめる ため に 営内 居住 で は なく 、 他 兵科 各部 の 将校 准 士官 や ( 古参 ) 下士官 と 変わら ず 大半 が 営外 で 居住 し 、 その ため に 多額 の 営外 加俸 も 支払わ れ て い た 。
憲兵 科 で あっ て も 、 兵卒 は 国民 の 義務 として 兵役 に 服し て いる の で あっ て 、 本来 は 官吏 として の 待遇 を 受ける もの で は ない が 、 警察 の 巡査 が 判任官 待遇 を 受け て いる こと と の 均衡 から 、 1895 年 7 月 15 日 に 憲兵 上等 兵 も 判任官 待遇 を 受ける こと と なっ た 。
1942 年 1 月 から 憲兵 上等 兵 候補 者 を 全国 から 募集 し た 。
合格 後 の 待遇 は 破格 の もの で 、 一般 兵卒 の 月収 が 当時 8 円 80 銭 、 小学校 教員 の 月収 が 46 円 ( 1929 年 ) ほど だっ た の に対し 、 憲兵 上等 兵 は 基本給 7 円 に 加え 、 憲兵 加俸 7 円 50 銭 、 営外 加俸 36 円 の 支給 を 受け 月額 50 円 50 銭 の 月収 が あっ た ( 1927 年 の 陸軍 給与 令 による 支給 規定 ) 。
騎兵 や 輜重 兵 等 と 同じ 帯刀 / 乗馬 本分 者 と さ れ 、 下士官 兵 で あっ て も 官給 品 として 乗馬 長靴 や 革 脚絆 、 拳銃 、 軍刀 を 佩用 する こと に なっ て い た 。
また 、 憲兵 下士官 兵 に は 他 兵科 / 兵種 ・ 各部 の 下士官 兵 と は 異なる 特有 の 軍装 として 、 マント の 支給 を 受け て い た ( 主 に 防寒 ・ 防 雨 用 。
外套 は 全 陸軍 下士官 兵 共通 ) 。
この ほか 、 主 に 下士官 兵 は 白地 に 赤色 で 「 憲兵 」 と 書か れ た 憲兵 腕章 を 左腕 に 着用 する 。
陸軍 軍人 軍属 違警 罪 処分 例 により 、 陸軍 の 軍人 ・ 軍属 の 犯し た 違警 罪 は 憲兵 部 ( 憲兵 部 が 置か れ て い ない 地 で は 警察 署 ) で 処分 でき た こと も あり 、 一般 兵 にとって は 監軍 護法 の ため 何かと やかましい こと を 言う 「 目 の 上 の タン コブ 」 的 存在 で あり 、 また その 職務 上 から 高圧 的 態度 を とる 憲兵 も い た ため 、 イメージ は 良く なかっ た 。
ドイツ で は 第 二 次 世界 大戦 末期 の ナチス の 武装 親衛隊 や 指導 将校 ( 独軍 が 労農 赤軍 ( 赤軍 ) の 政治 将校 で ある コミッサール を まね て 導入 し た と 言わ れる ) が 投降 しよ う と する 兵 や 民間 人 に対し 戦闘 継続 を 強要 し た 例 など が ある 。
この よう な 場合 は 逃亡 兵 や 不審 者 の 逮捕 ・ 拘束 、 場合 によって は 射殺 も 行う 。
一方 で 、 国家 の 近代 化 と 市民 化 が 進む につれ 強制 徴募 は 衰退 し 、 戦時 国際 法 ・ ハーグ 陸戦 条約 など で は 占領 地 で の 兵 の 強制 徴募 が 禁止 さ れる こと に なる 。
しかし それ 以降 も 徴兵 令 による 兵士 ( 徴集 兵 ) や ゲリラ 兵 、 市民 兵 、 あるいは 自国 内 で 不正規 に 徴発 さ れ た 兵士 ( 強制 徴募 兵 ) を 督戦 する ため の 兵 や 部隊 が しばしば 登場 し た 。
カラ は 1 万 4 千 の 兵 で ラーマ を 襲撃 し た が 逆 に 滅ぼさ れ て しまっ た 。